名古屋高等裁判所金沢支部 昭和41年(ネ)137号 判決 1967年6月14日
控訴人
北陸製薬KK
代表者
伊藤安夫
訴訟代理人
藤井剛士
同
井本良光
輔佐人弁理士
萼優美
被控訴人
ツエー・ハー・ボエリンゲルーゾン
右代表者
オットー・フィンケ
ホルスト・フォーゲル
訴訟代理人弁護士
宇佐美六郎
入山実
伊藤和子
阿部昭吾
主文
原判決を取消す。
福井地方裁判所昭和四〇年(ヨ)第一七八号仮処分申請事件につき、昭和四〇年一一月一一日なした別紙記載の仮処分決定は、これを取消す。
訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
この判決は、仮りに執行することができる。
理由
控訴人及び被控訴人は、ともに医薬品の製造を目的とするものであること、被控訴人は、日本において、臭化ブチルスコポラミンの製造法について第二〇四二六四号特許を有していること、控訴人は、臭化ブチルスコポラミンを製造してきたところ、被控訴人は、右特許権に基き控訴人を債務者として、福井地方裁判所に対し、右薬剤の製造、販売等の差止を内容とする仮処分申請をなし、昭和四〇年一一月一一日同裁判所より……仮処分決定が発せられたこと、ならびにその後控訴人主張の如き特許庁の判定及び控訴人よりの出願に対し、出願公告決定のあつた事実は当事者間に争がなく、<証拠>によれば昭和四二年二月二〇日付にて右出願公告があつたことは明らかである。
そして、<証拠>によると、控訴人は臭化ブチルスコポラミンの製造法について研究の結果、同社学術部次長Aによつて、スコポラミン塩基に当量の臭化正ブチルを作用させる方法、即ち反応系に他に溶媒又は過剰の臭化正ブチルを必要としない方法を開発し、同方法について特許庁に対し特許出願をし、同方法によつて右物質を製造してきたこと、しかし臭化ブチルスコポラミンの製造法については、別に被控訴人が特許を得ていた製造法がすでに知られていたので、控訴人は、昭和四〇年三月二九日前記特許出願の方法の要件とされている「臭化正ブチルとスコポラミン塩基とを当量関係で反応させること」及び「同反応については有機溶媒を存在させない」の二要件のうち、前者の要件を内容とする有機溶媒不存在下における右物質の製造法、即ち「過剰の臭化正ブチルとスコポラミン塩基そのものを反応させる臭化ブチルスコポラミンの製造法」が、被控訴人の特許第二〇四二六四号の「臭化正ブチルの過剰を有機溶媒に溶解したスコポラミン塩基に作用することを特徴とする臭化ブチルスコポラミンの製造法」の技術的範囲に属するか否かについて、特許庁に対し、判定請求をしたこと、そこで特許庁審判官は、被控訴人より答弁書、控訴人より弁駁書を徴し審理した上、昭和四一年四月八日控訴人の請求にかかる方法である過剰の臭化正ブチルとスコポラミン塩基を他の有機液体物質を存在させることなく反応させる臭化ブチルスコポラミンの製造法と、反応系に反応物質である過剰の臭化正ブチルとスコポラミン塩基のほかロスコラミン塩基の有機溶媒を存在させて反応を遂行することを、その構成要件とする被控訴人の特許請求の方法とは、有機溶媒を反応系に存在させる点において、差異があり、従つて控訴人の右判定請求の方法は、被控訴人右特許発明の技術的範囲に属しない旨判定したことが一応認められ右に反する証拠はない。
右特許庁の判定は、特許庁長官の指定する三名の審判官によつて行われるもので、国家機関の技術的専門的判断であり、又同判定手続には特許庁における審判に関する規定と同旨の規定が適用され(特許法施行令第五条乃至第十条)ているのであつて、同判定に対しては、訴による不服申立こそできないが、単なる私的な鑑定に過ぎないもののみるのは相当でなく、公正な手続のもとにおける専門家の公的技術的判断というべきであり、一応権威ある判断の一つであるとみなければならない。そして前記の如く控訴人の判定請求で主張した製法と、控訴人の出願による方法とは全く同一でないが、両者は前記認定の如き関係にある以上、控訴人の判定請求に対し右判定があつたということは、結局控訴人の特許出願による方法が被控訴人の特許の範囲に属しないことをも判断したものとみるのが相当である。
また、前記の如く控訴人の前記特許出願に対し、特許庁審査官より昭和四一年一二月二三日、特許出願公告決定がなされたが、特許法によれば、右出願公告決定は、出願に対し、特許法所定の形式的要件のみならず、出願にかかる発明が特許法第二九条の特許の要件を具備しているかどうかの実質的要件をも審査した上、これら要件が具備されている場合になされるものであることが明らかであるから本件において控訴人の出願に対し、出願公告決定があつたということは、とりもなおさず、控訴人の本件臭化ブチルスコポラミンの製造法が、新規な発明に属し、出願前日本国内において公然知られ、あるいは刊行物に記載されていた被控訴人の本件特許発明と抵触しないものであることを、その牴抵において、判断しているものとみられる。のみならず、さらに昭和四二年二月二〇日には、前記認定のように、控訴人の出願に対し出願公告までなされるに至つたものであることが明らかであるから、控訴人はこれにより右出願公告と同時に、業としてその特許出願にかかる発明の実施をする権利を専有するに至つた(特許法第五二条)ものというべきである。換言すれば右出願公告の効果として、控訴人がいわゆる侵害者に対する差止請求権まで有するに至つたか否かについては、見解の分れるところであるが、この点はしばらく措いても、出願人たる控訴人は、前記発明を業として実施する権利を有し、又侵害者に対しては特許権設定の登録後という制約があるにせよ、不当利得返還又は損害賠償の請求をなし得ることは明らか(前同条)であるから、出願公告前と比較すれば、控訴人は、出願公告によつて、特許法の保護を受くべき実施権を取得するに至つたものというべきである。
以上のように、控訴人主張の臭化ブチルスコポラミンの製造方法について上来説示の如き特許庁の判定があり、又出願公告決定を得て出願公告までなされるに至り、控訴人がその出願にかかる製造方法の実施権を専有するに至つた以上、右諸事由は、まさに本件の場合本件仮処分後その存続を不当ならしめる事由の発生に当るものと解するのを相当とすべく、本件仮処分を取消すべき事情変更ありとみなければならない。<中略>
また被控訴人は右出願公告決定は、特許要件の認定を誤つたものであり、直ちに異議申立をなしたから、いずれ拒絶査定のあることは必定であるとも主張するが、被控訴人の疎明によるも、同決定に右指摘の如き誤りがあることはたやすく認めることができない。<中略>
以上の次第であるから、本件仮処分は事情変更によつてこれを取消すべきである。<以下略>(西川力一 島崎三郎 井上孝一)